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広島地方裁判所 昭和35年(ヨ)464号 決定

申請人 児島弘 外五三名

被申請人 社会福祉法人広島厚生事業協会

主文

被申請人は申請人等に対し、それぞれ別紙第一債権目録債権額欄表示の金員を仮に支払え。

申請人児島弘以外の申請人等のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨

申請人等訴訟代理人は「被申請人は申請人等に対しそれぞれ別紙第二債権目録記載の金員を仮に支払え。」との裁判を求めた。

第二、当裁判所の判断

(一)  被保全権利の存否について

疎明及び審尋の結果によれば次の事実が一応認められる。

(イ)  申請人等は精神病院広島静養院の設置、経営を目的とする社会福祉法人である被申請人の従業員であつて、広島一般労働組合(以下単に組合という。)に所属し、組合広島厚生事業協会支部を組織しているものであつて、昭和三四年六月組合分裂後は第一組合に属するものであるところ、組合は昭和三五年六月以降被申請人との間に組合員の昭和三四年度末手当と昭和三五年度夏季手当の支給をめぐつて交渉を続けてきたが、結局妥結に至らず以後激しい対立を生じた。ところが被申請人は昭和三五年八月八日に至り同年度夏季手当として第二組合員及び非組合員に対しては給与月額の一〇割を支払うが、第一組合員である申請人等に対しては交渉が妥結次第支払う旨を定め、次いで同年一〇月一二日に、昭和三四年度末手当として給与月額の五割を支払うが、申請人等のように昭和三三年度末手当と昭和三四年度夏季手当として合計二三割余の不当な支払を受けたものについては右不当支給額を返済させた上支給するから、昭和三四年度末手当を支給しないこととする旨を定め、右決定に基き申請人等を除くその余の従業員に対して右両手当を支給した。これに対し組合側では、被申請人主張の前記不当支給額は、組合が昭和三三年度末手当と昭和三四年度夏季手当の支給その他の問題をめぐつて、昭和三四年七月争議に入り、静養院長と争議協定を結んで同病院を事実上管理した際、同病院長の承認を得た上、合法的に支給されたものであり、かつ労使双方が昭和三四年一二月二六日、広島県地方労働委員会の右争議全般に関する調停案を受諾した際、右支給額を返済しないものとする旨の合意ができたものであると主張してゆずらず、昭和三五年一〇月二七日には同委員会広島厚生事業協会争議あつせん員河野実・同増原改暦によつて再び右争議に関する意見書が出されたが、依然その解決をみなかつた。そして被申請人は同年一二月五日組合長佃友一に対し被申請人協会における同年度の夏季手当額を給与月額の一〇割、昭和三四年度末手当額を給与月額の五割とするが、前記不当支給額である九、三割相当額を控除した残額五、七割を支払うから諾否を回答されたい旨を通告したが、組合において全額の支給を要求して右控除に同意しなかつたので、同月二六日、申請人等において同月五日現実の提供を拒絶したとしてこれを供託した。

右疎明事実によれば、被申請人が申請人等に対し昭和三四年度末手当と昭和三五年度夏季手当との全額の支給を拒み、被申請人主張のいわゆる九、三割の不当支給額を控除して支払う旨の行為は、右九、三割の支給が被申請人主張のように不当なものであつたとしても労働基準法第二四条に違反するものといわなければならない。

(ロ)  被申請人はこの点について前記通告の趣旨は九、三割の過払分があるから、これを昭和三五年度夏季手当一〇割の支払に充当し、その不足分〇、七割と昭和三四年度末手当五割とを合算した五、七割を支給するという趣旨であるから、労働基準法第二四条に反しないと主張するけれども、前記疎明事実に徴すると、被申請人の行為が賃金の全額支給を規定する同条に違反することは明らかであるから、右主張は採用することができない。

(ハ)  次に、右供託の効果について考えてみるのに、右供託は被申請人において昭和三五年一〇月五日申請人等に対し給与月額の五、七割相当額を現実に提供したが、受領を拒絶されたことをその原因とするものであるけれども、前記認定のとおり、被申請人は同日組合長に対し右金員を支払うから、その諾否を回答されたい旨を通告したにすぎないから、もとより弁済の効果を生じるものではない。

(ニ)  そうすると、労働基準法の法意に照らし被申請人は申請人等に対し昭和三四年度末手当と昭和三五年度夏季手当として申請人等主張の金員を一応支払うべき義務があるといわなければならない。(但し前述のとおりいわゆる九、三割問題の当否については本件において判断を示すものではない。)

(二)  仮処分の必要性について

疎明によると被申請人協会の全従業員八七名の一人当り平均給与額は金一二、七八五円であり、そのうち申請人等五四名(平均年令三五才)のそれは金一一、三八五円であつて申請人等が低賃金の下で就労し、しかも数年間にわたる激しい労使の対立の中で争議をして現在に及んでいるものであることが一応認められるから、申請人等が今日まで前記手当の支給を不当に拒絶され、しかもこれが任意の支払を期待し得ないことが審尋の結果によりうかがわれる以上他に特段の反対の事情のないかぎり、右手当支払の仮処分命令を得なければならない緊急の必要があるものと一応考えられる。そこで、更に進んで各申請人の具体的事情について考察することとする。

(イ)  申請人児島弘について考えるのに、疎明によると同申請人は組合広島厚生事業協会支部長として同支部の前記組合活動を指揮してきたが、昭和三五年九月被申請人から懲戒解雇処分を受けたため、現在では組合員の資金カンパによつて生計を維持しているものであつて、他に収入の途がないことが一応認められるから、前記手当の全額の支給を命ずる仮処分命令を得なければならない緊急の必要性があるというべきである。

(ロ)  次に、その余の申請人について考えるのに、疎明によると申請人南清澄、同三吉和人、同沢田正太郎、同南波億美、同綿木信二、同田中正典、同柏孝行、同胡子忠義の八名は前記争議中に惹起した暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件について、昭和三五年一二月広島地方裁判所に起訴されたため、同月被申請人から休職処分を受け、これにともない同月から給与の半額を支給されているものであつて、窮迫の状態にあることがうかがわれるが、その余の申請人等は何らの処分を受けず、毎月給与の全額の支給を受けているものであつて、乏しいながらもその生計を維持してきていること、また被申請人は同月五日申請人児島弘に対し、同申請人を除くその余の申請人等に対し、昭和三五年末手当の暫定支給として給与月額の一〇割を支給する旨を申し入れ、年内に右手当の支給を確実に受けられる手筈になつていること等の事実を一応認めることができる。以上の事実に徴すると、申請人南清澄等八名については本件仮処分の必要は相当程度認められるけれども、申請人児島弘のそれよりも緊急性が弱いというべきであり、その余の申請人等については、これよりもなお緊急性において劣るといわざるを得ない。

(三)  以上の次第であるから、申請人児島弘の昭和三四年度末手当として給与月額の五割の額及び昭和三五年度夏期手当として給与月額の一〇割の額から法定の控除額を控除した額の合計額である別紙第二債権目録記載の金員の支払を求める申請を正当として認容し、申請人南清澄、同三吉和人、同沢田正太郎、同南波億美、同綿木信二、同田中正典、同柏孝行、同胡子忠義の各申請はいずれもその給与月額の一〇割相当額から法定の控除額を差し引いた額の支払を求める部分にかぎり相当として、これを認容することとし、その余の申請人等の申請はいずれもその給与月額の五、七割相当額から法定の控除額を差し引いた額の支払を求める部分を正当として認容することとし、申請人児島弘を除くその余の被申請人等のその余の部分を失当として却下し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり決定する

(裁判官 宮田信夫 西俣信比古 山田和男)

(別紙省略)

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